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商人の町として栄えた江原駅周辺を歩く<豊岡市日高町江原ほか>(Vol.73/2010年1月発行)

旧日高町の商業中心として栄えた江原駅周辺
人や物が絶えず行き交う交通の要衝であった
通りに刻まれた名が往時の様子を今に伝える

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商人の町として栄えた江原駅周辺を歩く<豊岡市日高町江原ほか>

 旧日高町の商業を支えてきた江原駅周辺。旧国道312号が走る交通の要衝でもあり、人や物が集まるターミナルとして発展した。
 養蚕の中心地として栄えたこともあり、昭和初期の江原駅周辺は芸者が集う繁華街として特に華やかだったという。近くには千人を超える従業員が働いていた江原グンゼがあり、休日になるとたくさんの人でごった返していたそうだ。
 冬場は神鍋行きのバスを待つスキーヤーで人があふれ、1年を通して人々の往来が盛んだった。「道路が凍てついた日の朝は、何台も通るバスの音がすごかった」と、案内役の新免さんは当時を振り返る。
 人が集まる場所ならば、当然、商業も栄える。区内に残る通り名は、商店街として賑わった場所だ。
 駅を挟んで北側は日吉区といい、明治42年に駅ができて、急速に発展した地区。旧役場や警察署の他、旅館や食堂、飲み屋、映画館などが点在していた。
 現在、駅東地区は平成13年の沿道区画整理事業により、高原風の町並み整備などが行われ、新しい駅前として生まれ変わっている。
 北側に位置する江原区も、商店が建ち並ぶ商業地として人通りが多かった場所だ。江原センター街、本通り、西ノ気通りは特に商店が多く、ありとあらゆるものが手に入ったという。グンゼや神戸製鋼所などの工場があったことから、映画館、ビリヤード場、料理屋などの娯楽施設も多かったそうだ。
 円山川沿いを通る旧街道筋には、製糸工場やでん粉工場、造り酒屋が2軒あり、ミニ工場地帯を形成していた。現在も土壁の立派な酒蔵が残っており、往時の様子を伝えている。
 旧街道沿いを南へ行くと、江原区の氏神である荒神社の社そうが見える。この辺りは円山川と近く、かつて渡し場があったそうだ。
 地区の中心にある立光寺は、鐘楼門が目を引く日蓮宗の古刹。境内には日蓮宗の熱心な信者だった戦国武将・加藤清正を祀るお堂がある。毎年7月に行われる夏祭りは、天保年間(1830〜44)、当寺で清正の命日に「清正公祭り」を行ったのが始まりだ。
 商業や交通の移り変わりにより、変遷を遂げてきた江原駅周辺。古いものと新しいモノが混在する町並みは、時代の流れを写し出している。
参考文献:『ひだか事典』

友田酒造の酒蔵塀

旧街道沿いに面する友田酒造の酒蔵塀。文政13年(1773)の創業で、銘酒「雪之梅」などを販売している。この辺りには製糸工場やかまぼこの原料となるでん粉を作る工場があった。

旧田口酒造の表玄関

立派なうだつを掲げた旧田口酒造の表玄関。格子戸や虫籠窓などが往時の様子を伝える。

立光寺

戦国武将・加藤清正を祀っていることで知られる立光寺。現在の本堂は延享3年(1746)の建立で、鐘楼門はそれから10年後に建てられたものと伝わる。日高夏祭りの原点である「清正公祭り」は、約150年の歴史がある。

荒神社

728年創建と伝わる荒神社。江原周辺の土地を開いたと伝えられる飛田臣高生(ひだのたかお)の祖父・荒人(あらひと)を祀っている。この地を「善原(えばら)」と讃えたことから、「江原」という地名が付いたとの伝承が残る。

日高町商工会館

日高町商工会館は、昭和10年(1935)建設のモダンな建物。昭和57年まで役場庁舎として使用されていた。

江原駅

駅の西口側の壁面には、神鍋火山群をイメージさせる子持石(れき岩)が用いられている。

白壁が美しい西滝商店さんの古い土蔵

西ノ気通り

神鍋行きのバスが行き交った西ノ気通り。所々に古い佇まいを見せる商店が残る。

駅東地区

町並み整備が行われた駅東地区。西口へ続く連絡橋も作られ、大変便利になった。

旧国鉄の引き込み線路の跡

神戸製鋼所日高工場(現在はフジテック)へと続いてた旧国鉄の引き込み線路の跡。