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有子山城跡からの展望(2019ふるさと特派員撮影)

 南北朝後期〜室町時代にかけて、代々但馬守護職に就いた武家一族。1331年(元弘元)に起きた元弘の変で鎌倉幕府滅亡のとき、足利尊氏あしかがたかうじに従って上京した山名時氏を始祖として、その子時義・氏清・時熈・持豊(宗全)・教豊・政豊・致豊むねとよ誠豊のぶとよ・祐豊と続いた。守護職は、政豊の頃までは確実に受け継がれている。政豊の時、応仁の乱後、急速に勢威を落とした山名氏は、台頭する被官・垣屋かきや氏の圧力を受けて、守護所を九日市ここのかいちから直轄領の出石郡西部に移すが、最終的に1580年(天正8)、羽柴秀吉の第2次但馬攻めにより、出石有子山ありこやまで滅亡する。

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文化財指定
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