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八木城跡(2019ふるさと特派員撮影)

八木城跡(2016ふるさと特派員撮影)

 標高330mの位置にあり、日本屈指の規模を誇る竹田城山名氏有子山ありこやま城と並ぶ、但馬の代表的な山城。八木氏が戦国時代に使った土城つちじろと、秀吉によって任命された別所べっしょ重棟しげむね吉治よしはる2代の大名が改修した八木城、八木氏の武家屋敷である殿屋敷の3カ所が史跡八木城跡となった。
 八木氏の初代・八木やぎ安高やすたかは、鎌倉幕府から任命された地頭として八木の地を治め、その館跡が畑ヶ中はたけなかの殿屋敷にあった。高い山の上に城を築くようになるのは南北朝時代で、狭い尾の上に階段のように連続した曲輪くるわを築く。その特徴を伝えているのが八木の土城である。やがて室町時代になると、八木城には今滝寺こんりゅうじ琴弾ことびき峠の方向にも曲輪を拡張するようになる。曲輪は城の中心から放射状に3方向へ広がり、山城が大型化する。本丸の石垣は、長さ40m、高さ8.6mあり、豊臣時代に築かれた貴重な遺跡と言われている。
 八木城跡には、3つの時代の城館跡が1カ所に残っている。地方の武士が鎌倉幕府の地頭じとうとなって鎌倉時代から室町時代へ、さらに安土桃山時代へと至る様子を示す珍しい遺構である。
最後の城主となった別所氏は、1万5千石を領していたが、1600年(慶長5)、関ヶ原の合戦で石田三成に加担したため、丹波市北油良きたゆらに移封され、廃城になった。

所在地 養父市八鹿町八木
文化財指定 国指定史跡
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