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 昔、生野には将軍の命令を受け、この辺一帯を治めていた奉行所があった。桑市くわいち立脇たちわきは、釣阪山つりさかやまと言う山を挟んで隣同士の村で皆仲よく暮らしていた。ある時、釣阪山つりさかやまに草や木を刈りに行く境を巡る争いが起きた。
 この争いは後に、生野の奉行所に訴えられ、その結果、桑市の勝ちになった。立脇の村人は、負けたのは桑市の庄屋、助九郎が口がうまく、役人を信じさせたからといい、ある夜、助九郎は何者かに殺されてしまった。桑市の人々はとても悲しみ、立脇の者がやったに違いないと思った。人々は助九郎を葬り、側に松の木を植えた。
 そして「この松の木が生き続ける限り、桑市の人は立脇の人とは縁組みをすることはできん」と誓った。
 その後、何十年も桑市と立脇との間には縁組みはなく、100年あまり経った頃であった。立脇の娘と、桑市の男が近くの庄屋で奉公をし、2人は親しくなり結婚を約束した。このことを知った2人の両親は驚いた。まだ100年前の誓いは村に生きていた。娘の父親は結婚のことを諦めるようにと手紙を出し、相手の父親も負けずに意地でも嫁にもらうと返事をした。そのことを知った娘は、死んでしまい、男も嵐の夜に村を出て、2度と帰ってこなかった。
 翌日、村人は助九郎松が風に倒されているのを発見し、「庄屋さんもいつまでもかわいそうな決まりを守ることはないと、あの松を倒されたのだろう。もう松もなくなったし、仲よくしよう」と、元の仲のよい村に戻った。

所在地 朝来市桑市・立脇
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