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生野銀山入口門(生野観光協会提供)

朝来市旧生野鉱山職員宿舎(生野観光協会提供)

トロッコ道(生野観光協会提供)

カラミ石(2019協会撮影)

 生野鉱山は、807年(大同2)の開坑とされるが、本格的な鉱山開発が進められた中世から近世にかけて、銀山として隆盛し「露天掘り跡」や「間歩まぶ」といった採掘跡のほか、市川いちかわ河床には当時の選鉱施設などが残る。明治時代には日本初の官営鉱山となり、近代化モデル鉱山として開発が進められ、1973年(昭和48)の閉山まで我が国有数の鉱山として機能した。閉山後も鉱業技術は継承され、すずの製錬やレアメタルの回収が現在も行われている。
 生野鉱山とともに発展した鉱山町には、鉱山の信仰と結びついた「山神社」、寺院が建ち並ぶ「寺町」、江戸時代の掛屋、地役人、郷宿などの町屋が残るほか、製錬かすをブロック状に固めた「カラミ石」が、民家の土台や塀、水路、擁壁ようへきなど至る所に用いられ、鉱山町独特の景観を形成している。また、かつて物資の輸送路として活躍した馬車道やトロッコ道は、現在は国道・市道などとして利用されている。
 国内の多くの鉱山町が閉山と共に衰退し凍結されていく中で、400年以上にわたり、鉱業の発展にともない重層的に形成されてきた、今も生き続ける現役鉱山都市である。日本の生活・生業の在り方を理解する上で欠かすことのできない文化的景観として価値が認められ、2014年(平成26)3月、兵庫県では初めて、現役鉱山都市では日本で初めて、国の重要文化的景観に選定された。

所在地 朝来市生野町口銀谷、奥銀谷
文化財指定 国選定重要文化的景観
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関連サイト http://www.ikuno-kankou.jp/
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